リーガルエッセイ

公開 2021.02.22 更新 2021.07.18

育児ストレスや孤独感を犯罪に繋げないために

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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子を持つ母の思い

先日、私のよく知る女性が絶望していました。
小学生の子は学校に行かない。
1日家にいて、勉強をすることもなくやれおなかがすいただのやれつまらないからどこかに連れて行ってほしいだの言っている。
その女性はシングルマザーで、一人で働きながら子育てをしています。
仕事は、その多くをリモートワークでこなしているものの、やはり、子が1日中そばにいる状態で仕事をするのは至難の業。
社内のオンライン会議中、子どもがちょっかいだしてくることはいつものこと。社内の会議ならともかく、社外の人との電話やオンライン会議の最中にも呼び掛けられたり、騒がれてしまったりで、気の休まることがない。
子どもは1日中家にいるので、夜遅くなってもなかなか寝付かず、ようやく寝付くのが12時ころ。
彼女にとって、12時以降というのが唯一一人になれる時間なので、12時以降、2時、3時まで、翌日以降急な子どもがらみのハプニングで仕事がストップしてしまうことに備えて、いつも前倒しで仕事をしている。
そんな毎日を送る中で、心身ともに疲弊してしまい、ある日、子どもがとんでもないわがままを言ってきたのに対し、湧いてきた怒りに耐えられず、ついに外に助けを求めなければ自分がだめになってしまうと思ったそうです。
迷った末、児童相談所の電話相談窓口に電話したところ、「それは大変でしたね。お母さんがんばってますね」という言葉とともに相談は始まり、資料をそろえるからちょっと待ってくれと言われて10分くらい電話口で待たされたり、いざ話し出してみると、子どもは、進級の時期を迎えてストレスがたまっているはず、とか、家でもこんなことがストレスなはず、と子どもが学校に行かなかったり、わがままを言ったりする原因であろうと考えられることを次々と一般論で一方的に挙げたうえで、「まあ、とにかくお母さんがひとりで背負い込まないことね」と結論づけられたとのこと。
彼女は「電話しなきゃよかったわ」と言っていました。

窓口のかたの言葉が彼女にまっすぐに伝わっていない可能性もあると思うので、相談窓口が機能していないなどと言うつもりは全くないのです。
でも、彼女にとって、「ひとりで背負い込まないで」という言葉は、「じゃあ今この状況を具体的にどうしたらいいのか」の答えにはなっておらず、逆に、「ああ、本当に誰も頼りにすることなんてできないんだな。自分が人に助けを求めようと思ったことが間違いだったんだな」と思わせただけでした。
子どもは何よりも大事な存在だし、自分のすべてをかけてこの子の幸せを守っていきたいという思いはもちろんある。
でも、24時間365日、子どもから離れて一人になれる時間が持てなかったら・・・と思うと、やっぱりそれは絶望してしまうこともあるのではないか、心身に支障をきたしてしまうこともあるのではないかと思うのです。

そんな中、先日、高松市で、幼い子ども二人を約15時間にわたって車の中に放置して熱中症で死亡させたとして保護責任者遺棄致死罪で起訴された、子どもたちの母である女性の裁判で、懲役6年の実刑判決が言い渡されたと報じられました。

検察官の求刑も懲役6年だったので、求刑どおりの判決でした。
保護責任者遺棄致死罪の法定刑は、3月以上20年以下の懲役。
このニュースには、求刑も判決もあまりに軽すぎるのではないかというコメントが寄せられていました。
率直に言って、私もそう感じます。
別にルールがあるわけではないのですが、通常、検察官の求刑と比べ、裁判所による判決は少し軽くなります。
求刑通りの判決が言い渡されるということは、そう多くあるわけではありません。
検察官も、言い渡される判決は、求刑を少し下回るということは織り込み済みであったはず。
求刑通りの判決には、「女性の刑事責任は非常に重い」という裁判員の思いが込められているように思います。
報道によれば、弁護人が「育児への疲労や家族との行き違いで、苦悩を抱えていた」と主張して情状酌量を求めていたことに対し、判決では育児ストレスや孤独感という背景があっても経緯は酌めないと判断したとのこと。
私も、そのような判断はもっともだと思います。
育児ストレスや孤独感を抱えていても、幼い子どもたちを車内に放置して、それらを晴らすということなど正当化されていいはずはない。
酌量の余地はないと私も思います。
だから、判決はもっと重くあるべきだったと私は思っています。
一方で、では、この女性に対する刑罰を、さらに重くし、さらなる厳罰に処したとして、果たして問題の解決になるのだろうかとも思います。
その女性の責任を明確にすることはできる。
そのこと自体が重要なことであることは間違いありません。
でも、それだけ。
同じような状況にある多くの人の中から、また、育児ストレスや孤独感に耐えることができずに同じような行為に及んでしまう人が現れることを阻止することなどできません。
もちろん、世間に対する犯罪の抑止が刑罰の第一の目的でなどないはずです。
いつもこのような事件に直面するたびにだれもが言うことですが、「犯罪につながってしまった育児ストレスや孤独感に対するケアを社会全体で取り組んでいかなければいけない」・・・この取り組み、今、いったいどこまで進んでいるのだろうと思います。
私にとって、この取り組みは、他人事ではありません。
ライフワークとして、まずは弁護士の仕事を通じてできることをしていかなければならないと思っています。
たとえば、それは、離婚を選択した女性が、今後、子どもを抱えて生きていく、その経済的基盤をできる限りしっかりとしたものにしたり、子どもと父との面会交流がきちんと行われていくことで子どもの問題を女性一人が抱え込むという場面を少しでも減らせるようにしたり、そんな一歩一歩が大事だと信じて離婚の話し合いをしています。
でも、もちろん、そんなことでは全く足りないんです。
私のよく知る女性が、自分の時間をとるために睡眠を削り、その時間で仕事をし、そんな毎日で疲弊して、「もうだめかもしれない」と思ったときに、もっといえば、そう思う一歩前に、単なる「あなたは一人で背負うべきはない」という言葉だけでなく、具体的に彼女に一人の休憩の時間を作るための方法が、経済的な心配もなくアクセス容易なところにあれば少しは違ってくるのだろうか。
シッターさんだっていまやそれほど珍しくないし、公的にもショートステイの制度とかあるのだから、つべこべ言わずにそれらを利用すればいいんだと思われるかもしれません。
でも、シッターさんや公的なショートステイなどは、現実的に彼女を救ってくれるのか?
「まだまだコロナ感染の不安がある中、自分の時間を作るために他人に預けたりして万一子どもに何かあったら・・・」「ショートステイだって、あらかじめ先々の予約をしなければならないわけで、私は、今、この瞬間に、だれかに手を貸してほしい。助けてほしい」という叫びへの答えにはなっていないようにも思います。
なんとなく彼女の救いになるような制度があるようで、でも、実際は肝心な場面で機能していないように思えて、結局、何をどうしていけばいいのか、私はいつもわからなくなります。
「やっぱりまずは弁護士としての私にできることをひとつひとつ全力で取り組んでいくことしかできない」、これで終わらせず、弁護士という仕事を超えて、自分にできることを今年こそは見つけたいと思っています。

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