リーガルエッセイ

公開 2021.05.07 更新 2021.07.18

紀州のドン・ファンの元妻逮捕について、参考となった「ある事件」とは?

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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和歌山地裁で言い渡されたある判決~紀州のドン・ファン元妻逮捕に関して~

紀州のドン・ファンと呼ばれた資産家男性を殺害したという被疑事実で妻だった女性が逮捕された件。
女性は取調べで黙秘しているとも報じられています。
少なくとも自白しているという報道はない中、どのメディアでも、これは立証が非常に難しい事件ですねといったコメントが出ているようです。
そんな中、和歌山県警の幹部が、今年の3月に和歌山地裁で判決が言い渡されたある事件がこのたびの事件に大いに参考になったと話しているとの記事がありました。
「ある事件」とはどんな事件だったのか、取り上げてみたいと思います。

平成29年7月、女性が低酸素脳症で亡くなりました。
その女性を殺害したとして夫である男性が逮捕されましたが、当時の報道によれば、男性は黙秘。
しかし、男性が妻を殺害したとして起訴され、今年3月、和歌山地裁は、この男性について殺人罪について有罪であると判断し、懲役19年の判決を言い渡しました。
男性は控訴したとのことで、この判決は確定はしていません。
以下、この1審判決が言い渡された事件を、事件が起きた場所とされている白浜にちなみ、白浜事件と呼んでお話しします。

報道によると、白浜事件で逮捕された男性は、事件の前に「溺死にみせかける」などの言葉をスマホで検索した形跡があるとのこと。また、男性には、妻の死亡保険金を得ることや不貞相手と妻との間で両立しない約束を交わしてしまったことから逃れることなど犯行の動機になる事情があったとうかがわれるとのこと。
そのような白浜事件の要素が、このたび報じられている資産家男性の殺人事件に通じるものがあるとして、県警幹部のかたが、捜査手法などにおいて参考になると発言されたのかもしれません。

白浜事件において、殺人自体を目撃した人がいるわけでもなく、被告人が自白しているわけでもなかったのに、1審判決では有罪になったということは、同じような要素があるとうかがわれるこのたびの資産家男性殺人事件についても、やはり間接的な証拠を積み重ねて有罪にすることはたやすいのではないかと思うかたもいるかもしれませんね。
でも、白浜事件で、裁判官は、「被告人には妻を殺害する動機があるから」「被告人は、事前に殺害と結びつくような検索をしていた形跡があるから」有罪にしたというわけではありません。
判決文を読んでみると、事前に検索していた行動や保険契約締結の事実は、犯行の計画性があったことを示す量刑事情として考慮されているようです。
つまり、動機があるから、事前に怪しげな内容を検索しているから犯人だと認定しているわけではなく、被告人が犯人であることは、ほかの客観的な証拠をもとに認定しているのです。
白浜事件の判決では、

  • ①女性の死が他殺といえるのか
  • ②他殺といえるとして、その犯人が被告人であること

が争点でした。
①の点に関して、事故と自殺の可能性がないかを検討し、いずれの可能性も排斥しています。
この検討にあたっては、病院に搬送された女性について処置を担当した医師、解剖医、水難救助活動に関わる学問や材料工学の専門家の証人尋問を実施し、証言の信用性も慎重に評価しています。
その上で、②の点に関して、当時現場に遊びにきていた人や海岸の監視員をしていた人の証人尋問を実施し、まず、犯行時刻がいつごろだったかを特定した上で、その時間帯に被害者の女性とともにいたのは被告人だけであることを認定しています。
この①②の検討を経て、女性の死は他殺によるもので、その犯人は被告人以外ではあり得ないと認定しているのです。

こう書くと、とてもシンプルな判断であるように見えるかもしれません。
でも、実際は、たとえば、なぜ事故と自殺の可能性が排斥されるのか、という点に関し、女性の胃の中から砂が発見された事実(本当に発見されたのかどうかという点も争いになっているようでした)から何が言えるのか、ということを専門家の意見を聞きながら判断するなど、ち密な検討を重ねていくのです。
直接証拠がない事件で有罪立証をすることのハードルの高さを改めて感じる内容です。

このたび報じられている件と白浜事件とは、間接証拠の積み上げという証拠の構造という点では共通していますが、もちろん、個別の事実関係は全く違います。
報道では、犯行の動機となり得そうな事情が報じられてはいますが、そのような事情が本当に存在するかどうかも証拠をしっかり見てみないとわかりません。
そして、仮に、動機があるとうかがわれるような事情があったとしても、それ自体から被疑者が犯人であると結びつくわけではなく、やはり、最も重要なポイントになってくるのは、①被害者の死が他殺であるのか②他殺であるとして犯人は被疑者以外あり得ないのかという2点が客観的な証拠で証明できるのか、ということに尽きます。
真相解明を妨げる捜査情報の流出が抑えられているため、現状、起訴するに足る証拠収集がなされているのか報道からはわかりませんが、今後の検察の処分に注目していきます。

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