リーガルエッセイ

公開 2020.11.16 更新 2021.07.18

「返すつもり」であれば窃盗にならない?

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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「返すつもりでちょっと使っただけ」

先日、放置自転車を持ち去ったとして占有離脱物横領罪で起訴された男性について、無罪判決が言い渡されました。
占有離脱物横領罪というのは、持ち主の意思に基づかないで持ち主の支配から離れてしまった物を、自分の物にしてしまうときに成立します。
わかりやすいのは、落とし物を自分の物にしてしまったケース。
この占有離脱物横領罪で起訴されたのに、無罪になったというのです。
なぜか?
報道によると、起訴された男性は路上生活をしているかたで、寝泊まりしていた公園付近で、そこに放置されていた無施錠の自転車を使い、そこから700メートル先の電話ボックスに向かったとのこと。
2度使ったことがあり、1度目は、停めてあったもとの場所に戻し、2度目は、同じく戻そうとした途中で逮捕されたということなのです。
報道によれば、裁判官は、犯罪の成立に必要な「不法領得(ふほうりょうとく)の意思」が認められないと判断して無罪判決を言い渡したようです。

「不法領得の意思」とは、権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思のことです。
窃盗罪や占有離脱物横領罪が成立するにはこのような意思が必要であるとされています。
権利者を排除する意思を要求することにより、物を一時的に使用するだけという態様の行為と区別し、経済的用法に従って利用等する意思を要求することにより、器物損壊罪と区別しています。

報じられた件は、男性が、短距離の移動のために放置自転車を一時的に借りたにすぎず、権利者を排除する意思は認められないと判断したものと考えられます。

権利者を排除する意思があったかどうかという判断はわかれるところだと思います。
まさに物を使っている最中に警察に見つかったとなると、いくら本人が「使い終わったらもとあった場所に戻すつもりだった」と供述しても、本当だったかどうか客観的に確認するすべがありません。
だから、その他の事情から意思を推し量る必要があるでしょう。
また、返す意思があったかという点のみならず、被害全体の軽微さや、使うことによる価値の消耗度なども判断材料になります。
過去の裁判例でも、本人があらかじめ決めていた目的地までの距離、スタートさせた地点からその目的地まで行って帰ってくるまでにかかる時間を検討し、それが2、3時間を超えるものではないから自転車の消耗も軽微であるとして権利者を排除する意思が認められないなどと判断したものがあります。

昔の裁判例ではありますが、他人の自動車を4時間くらい勝手に乗り回したという被告人について、その後もとの場所に戻しておくつもりであったとしても不法領得の意思があったものと判断したものがあります。
使用した時間は自転車の場合とそれほど変わらず、また、もとの場所に返すつもりがあったとしても、自動車の場合は、その間の移動距離が自転車より長く、その間権利者を排除する度合いが大きいといえるし、ガソリンの消費、タイヤの摩耗等価値の消耗も無視できないものであることがこのような判断の理由になっているといえそうです。

今や社会現象ともなっている鬼滅の刃。
私は、漫画が大好きで大好きで仕方ないのですが、流行には疎く、鬼滅の刃をまだ読んだことがありません。
先日、ある温泉施設の休憩室に、施設が閲覧用に置いていた鬼滅の刃20巻が何者かにより持ち去られるという事件が起きたものの、施設がTwitterで「もとに戻してほしい」と投稿したところ、その後1か月経たずに漫画が送り返されてきたとのこと。
そこには、「読み終わったら返そうと思っていた。ご迷惑をおかけしました」などと書かれた手紙が同封されていたそうです。
施設は、警察に被害届を出していないようなので、今後、この件を警察が取り上げて積極的に立件することはありません。
でも、この漫画を持ち去った行為は窃盗罪に該当すると思います。
「返すつもりだった」という以上、一時使用として不法領得の意思を欠くと評価されるか?
施設から漫画を持ち去るという行為に及んでおきながら、読み終わったら返すつもりだったという弁解が通る可能性は低いのではないかなと思います。
漫画は、その場所で読むことが可能で、その場所で読むことが予定されているんです。
それなのに、その場所からすべて持ち去って自分だけが読める状態にしてしまった。
さすがに、読み終わった後、それをすべて持って温泉施設に来て、漫画を堂々と返すことなどできなかったはず。
では、読み終わったら、自分でわざわざ送料を負担して施設に送り返すつもりだった?
今回、たまたま温泉施設のTwitter投稿で騒動になってしまったから、あわてて返却せざるを得なくなったけれど、当初は送料をかけてまで送り返すつもりなんかなかったんじゃないのか?
このように考えられてしまうのではないかと思います。
自転車にしても、漫画にしても、「移動が楽になるからちょっと借りちゃおう。戻せばばれないだろう」「ここで読んだら自分が1巻を読んでいる間に、2巻、3巻をほかの人に読まれてしまって、読みたいタイミングでゆっくり読めないから、持ち帰って全巻ゆっくり読もう」などという、自分勝手な思いに端を発していると思います。
不法領得の意思について、その有無の判断はわかれるところだと思いますが、身勝手な思いに基づく行動は、実は犯罪と隣り合わせだったり、犯罪にあたる行為だったりする、その重みを認識する必要があると思います。

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