リーガルエッセイ

公開 2020.09.24 更新 2021.08.13

起訴の取り消し

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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先日、乳児の腕にかみついてけがをさせたとして、その乳児の母親が傷害罪の被疑事実で逮捕、起訴されたものの、2回目の裁判期日が行われた後、検察官が起訴を取り消したと報じられました。
たしかに、法律で、1審の判決が言い渡されるまでは起訴を取り消すことができるとされています。
でも、実際、検察官が、一度した起訴を取り消すという話はあまり聞きませんよね。
私も、検察官として関わった事件でも弁護人として関わった事件でも起訴が取り消されたことは一度もありません。
起訴が取り消されると、裁判所は、公訴棄却の決定をしなければなりません。
公訴棄却というのは、有罪、無罪という結論を出さずに、裁判を打ち切るという判断です。
どのような背景事情があって起訴が取り消されたのかというところを見ていきたいと思います。

客観的証拠の確認不足

報道された事件で、具体的にどのような証拠があったのか、ということはわかりません。
ただ、報道によれば、警察は、被害者である乳児の腕に残った傷跡から認められる歯型と、逮捕した母親の歯型がおおむね一致するという鑑定結果を主な証拠として、母親を犯人であると判断して逮捕したとのこと。
検察官も同じように証拠を評価して起訴したものと思われます。
でも、裁判になり、弁護人が、乳児の腕に残った傷跡から認められる歯型と母親の歯を比べたとき、歯の本数が異なるとの指摘をしたとのこと。
この指摘に基づき検察が追加で捜査をしたところ、鑑定のときに「これが母親の歯型である」としていたその歯型が、別人のものであって、つまり、鑑定の基礎になるデータに取り違えがあったということが判明したようなのです。
鑑定書で「被害者の傷跡と被告人の歯型が一致した」と主張されると、そのような鑑定書は、あたかも動かぬ客観的証拠として、証拠としての価値が過大視されがちです。
でも、この点は、以前指紋に関してこちらのエッセイでもとりあげたように、前提となる試料に間違いがあれば、もちろん導かれる結果も誤ったものとなります。

捜査機関は、ある証拠が、被告人が犯人であることを示す重要な証拠だというものであると位置づけるのであればなおさら、そこに間違いないのか慎重に調べます。
鑑定結果を受け取った警察も、警察から捜査資料を引き継いだ検察も、万が一にも間違いがないかという目で確認します。
それでも今回間違いが起きたとすると、その間違いがなぜ生じたか、捜査機関は今一度検証する必要がありそうです。
たった一人のミスで生じた事態ではないのです。
警察官は、1人で一つの事件に当たるということはあまりありません。
何人かでチームを組んで捜査に当たります。
さらに、担当することになった検察官の目も加わります。
それなのに、鑑定にあたって試料の取り違いがあった上に、それを確認した警察官複数名も検察官も間違いに気付けなかったのだとすると、単に「注意不足でした」というだけで片付けてしまっては、今後また同じようなことが起きてしまうと思います。
鑑定書に対する過大な信頼があったのではないかという反省をもとに、鑑定の基礎となった試料に取り違いなどの誤りが混入していないか発見するために今後はどのような方法をとるべきか、というところまで検討する必要がありそうですよね。

これに加え、報道によると、弁護人は、警察官により自白を強要する取調べがなされた可能性も指摘されているようです。
自白を強要する取調べがなされなければ、母親は事実に反して自白しなかったといえ、そうすれば、(本来、自白事件か否認事件かで証拠の吟味に差があるべきでないとは思いますが)検察官は、起訴にあたって、より慎重に証拠関係を吟味したのではないかという見方もあると思います。
誤った捜査がなされると、本来たどりつくべき真犯人に対する捜査が遅れ、真実解明に支障が出るといえます。
取調べの在り方についても今一度考えなければならないといえそうです。

今回の報道を単なる一般論、他人事ととらえてはいけないと思います。
弁護士として、「客観的な証拠がある」と突きつけられているときこそ、その証拠は本当に被告人の有罪につながる証拠といえるのか、どこかに誤りが混入している可能性があるという目で証拠を吟味しなければならないと改めて肝に銘じなければならないと思っています。

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