リーガルエッセイ

公開 2020.09.11 更新 2021.08.13

「代理ミュンヒハウゼン症候群」とは?

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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先日、生後2か月の長男に、別人の血液を口から入れて嘔吐させたとしてその母親が傷害罪の被疑事実で逮捕されたと報じられました。
そして、警察が、この女性には「代理ミュンヒハウゼン症候群」の疑いがあるとみて捜査しているとも報じられています。
逮捕された女性は、被疑事実について否認しているとのことですから、この件の真相は全く分かっておらず、今後捜査により明らかになっていくことです。
ですので、この件を離れますが、みなさん、「代理ミュンヒハウゼン症候群」という言葉、聞いたことはありますか?
代理ミュンヒハウゼン症候群というのは、子どもにわざと病気を作り、熱心に面倒を見ることによって、周囲から関心を集めようとする精神疾患で、虐待の一種であると言われています。

加害者となるのは、子を近くで養育する親であることが多く、実際、子を一番身近で養育しているのが母親であることが多い現状なので、母親が加害者であることが多いと言われています。
具体的にどのような行為となって表れるかはさまざまで、子には手を出さず、実際にはない症状を医療機関に訴えるものから、体温計を操作して高体温を装うなど検査所見をねつ造して体調不良を訴えるもの、子どもに薬物等を飲ませたり、窒息させたりするなど手を出し、自身で病的状態を作り出してこれを訴えるものまであるとされています。

過去に裁判例も

過去には、被告人が、この代理ミュンヒハウゼン症候群であったとして、そのことが事実認定にあたり問題となったり、量刑に影響を及ぼしたりした例があります。
その事件では、母親が、いずれも病院で治療中の自分の幼い子どもたちに対し、医療関係者等の目を盗んで、点滴に水道水等を混入させたりし、1人を死亡させ、2人に菌血症等を発症させたとして、傷害致死、傷害罪の罪に問われたものです。
この裁判では、被告人が代理ミュンヒハウゼン症候群と診断されたという事実が前提とされています。
判決を読むと、弁護側が、被告人がいつ何をしたかという事実認定に関わる点を争っているのですが、被告人はずっと子のそばにいて、周囲の目を盗んで犯行に及ぶわけですから、果たして被告人が、いつ、何をしたか、ということの認定がとても大変だったことが伺われます。
事実認定について取り上げようとするとかなり詳細になってしまうので、ここでは、この代理ミュンヒハウゼン症候群が量刑にどのような影響を及ぼしたか、という点をお話しします。
検察官は、懲役15年を求刑しました。
母親による犯行であること、子どもたちを自分の満足感を得るための道具として使ったこと、子どもたちの苦しみが大きく、結果的に1人の命を奪っていることは重い犯情といえ、通常の傷害致死事件や傷害事件とは比較できないほどに格段に重い責任が問われるべきだと主張し、代理ミュンヒハウゼン症候群は病気ではない、犯行の動機をどう説明するかという問題なのだから、量刑上被告人の有利に考慮することなどできないとしたのです。

一方、弁護人は、執行猶予付きの判決が相当だと主張しました。
代理ミュンヒハウゼン症候群という精神状態にあって、ものごとの善しあしを判断する能力やそれに基づいて自分の行動を制御する能力が低下していたといえることをその根拠として主張しました。
判決は、懲役10年。
裁判官は、被告人の行動は、代理ミュンヒハウゼン症候群であるとしなければ説明のつかない行動が認められ、この精神状態によって、善しあしの判断能力や行動を制御する能力が低下していたことが認められるから、量刑上被告人の有利に考慮せざるを得ないとしています。
一方で、裁判官は、検察官が主張した結果の重大性、犯行態様の悪質性が認められるにもかかわらず、被告人が十分な反省をせずに不合理な弁解をしていたことなどにも触れ、懲役10年の判決を言い渡しました。
みなさんはどう考えますか?

刑事責任だけでは解決しないのではないか

「どうして我が子にそんなことをするのか?」とにわかに信じられないという気持ちになるかたもいるかもしれません。
子どもたちのことを考えると、犯行に至る動機に何の正当化の余地もないという意見、私ももっともだと思います。
ですので、重い刑事責任が科されること自体はやむを得ないことなのだと思います。
一方で、果たして、長期にわたり懲役刑の服役をすれば、それでいいというわけでもなさそうです。
代理ミュンヒハウゼン症候群が認められる加害者には、「自分をいい養育者だと認めてもらいたい」という承認欲求が根底にあると考えられています。
体調が悪化した我が子につきっきりになり、熱心に看護する姿に周囲が寄せる「あの母親はえらい。頑張っている」という承認が欲しいという気持ち。

私は、精神状態についての専門家ではないので、素人考えではあるものの、この根底にある承認が欲しい等欲求自体は、「そんな欲求持つのは間違っている」などと一蹴すべきものではないと思います。
こういった思いが根底にあることを前提に、大事な我が子に手を下すという犯行に向かう前に、いったいどうすれば犯行を避けられたのか、というところこそ考えなくてはいけないのではないかと思うのです。
日々のニュースを見ていると、行き過ぎた承認欲求が社会生活上のトラブルや犯罪の発生につながっているのではないかと思わざるを得ないものを目にします。
そのたびに、そのような欲求に、自覚を持てずに苦しんでいる人が多くいるのではないかと思うことがあり、自分自身が自分の欲求を認め、受け入れ、どうしたら自分で満たしてあげることができるかを知り、丁寧に訓練する機会が学校教育などの場で設けられてもいいのではないかなと思います。
それでもやっぱり、自分で自分を認めて満たすだけでは足りないくらいしんどくなるときってありませんか?
そんなとき、周りから、ただ一言、「子どもにご飯を作って、食べさせてあげるって当たり前のようで実はパワーがいることだよね。いつもがんばっているね」と言われただけで救われることってあるように私は思います。
社会の仕組みを変えるとかはなんだか壮大過ぎて難しいけれど、1人1人が身近な人の当たり前に見えるがんばりを認め、言葉に出して伝えられることで何かが変わるのではないかなと思っています。

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